奈良市であった市長殴打事件についてネット上に正確な情報が見つからなかったので、鍵田奈良市長の回顧録「鍵田忠三郎(1982)『道を行じて:奈良市長十四年の歩み』」から引用してまとめてみた。
鍵田奈良市長の就任は1967年5月、就任後3ヶ月に事件は起こった。
1967年8月6日午前8時30分市庁舎内の中央階段で、上段から木刀を振りかざした大きな男に襲われた。男は黒メガネと日の丸のハチマキ、黒ズボンの装束であった。
鍵田市長は武術の心得があったため、振り下ろされた木刀を左の二の腕で受け、顎に突きを入れて制した。男は警察に突き出されたが、その日の午後に木刀を持った集団が市役所を襲撃した。市長は不在だったため集団は引き上げた。
だが、この手記には襲われた日が8月6日となっているが、新聞記事では5日となっている。
大和タイムス(現:奈良新聞)1967年8月6日記事
鎌田市長なぐられる 奈良 市役所内で菊水会員に
5日早朝、奈良市役所に登庁した鍵田忠三郎(45)が庁内正面の階段で待ち伏せていた右翼団体・大日本菊水会(奈良市今井町)の会員・辻山清(22)に木刀で左上腕分をなぐられるという事件が起こった。時間は午前8時25分ごろで事務開始の直前だったため1階市長課の職員など多数が辻山をおさえつけ、奈良署に連絡したが、鍵田市長は十日間の打撲傷、付き添っていた植本市秘書課長も右手にけがをした。
